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【Vo.6】白洲次郎【プリンシプル×日本一カッコいい男】

読者の皆さんは白洲次郎という男をご存じだろうか?近代の日本において通称”日本一カッコいい男”と呼ばれる人物である。有名な話の1つに戦後米国に占領されGHQ支配下にあった日本においてマッカーサーに怒鳴りつけたという逸話がある。彼の芯であったプリンシプルについても含めて今回紹介していく。

白洲次郎(しらすじろう)は兵庫生まれ。
若くしてイギリスに留学しケンブリッジにて学ぶ。

第二次世界大戦においては、参戦当初より日本の敗戦を早くも見抜き鶴川に移住、農業に従事する。戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」。高官にケンブリッジ仕込みの英語をほめられると、返す刀で「あなたの英語も、もう少し勉強なされば一流になれますよ」とやりこめた。日本国憲法の成立に深くかかわり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫き、いくつもの会社の経営に携わった人物である。また、彼は晩年までポルシェを乗り回し、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長を務めた。「自分の信じた『原則(プリンシプル)』には忠実」で「まことにプリンシプル、プリンシプルと毎日うるさいことであった」と正子夫人が遺している。遺言は「葬式無用、戒名不用」。まさに自分の原則(プリンシプル)を貫いた男だ。

〈プリンシプル〉とは?

Principle  =原理原則や信条といった意味であり、白洲はこれを生涯守り抜いた男である。これについては、彼の逸話や発言を紹介していった方がより伝わるだろう。また、彼にとってのプリンシプルの解釈は以下の通りだった。

東北電力会長時代にダム建設を請け負っていた前田建設工業社長・前田又兵衛へのアドバイスとしてこの言葉を送っている。

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。「原則」とでもいうのか。日本も、ますます国際社会の一員となり、我々もますます外国人との接触が多くなる。西洋人とつき合うには、すべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。」

連合国軍最高司令官マッカーサーへ面と向かって怒鳴った男

白洲次郎を語る上で1番メジャーな逸話であるマッカーサーとのやり取りを載せておく。

白洲とマッカーサーが戦後処理について話し合っている中、 マッカーサー宛に昭和天皇よりクリスマスプレゼントが届いた。その際、マッカーサーは「その辺に置いておけ」とプレゼントをぞんざいに扱ったのだ。
その発言に激怒し白洲はこう言い放った。

「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!」

マッカーサーをも慌てさせるほど、間違ったことには毅然とした態度を示した彼の有名な逸話の一つだ。
(この逸話の真偽に関しては意見が分かれる。)

また、彼は晩年、軽井沢ゴルフ倶楽部の会長を務めており、そこでもプリンシプルを貫いている。

芝の手入れから、従業員の生活、会員の行儀にいたるまで、 何一つ蔑ろにしなかった。正子夫人は「歴代総理大臣には随分迷惑をかけたに違いない」といい、”会員でなければ 総理大臣でも追い返す””SPをコースに入れるなどもってのほか””運転手を待たせてゴルフをするなど紳士ではない!ゴルフをする資格すらない!”という姿勢を崩さなかったと言われている。

彼の考え方や行動指針は決して色褪せず現代にも活きてくる。
数多くの書籍やドラマ化もされているので知らなかった方は是非彼のプリンシプルに触れてみて欲しい。芯のある人間の”カッコいい”の本質はここにあるのかもしれない。